20世紀を代表する歴史家であるアーノルド・J・トインビー博士と池田名誉会長の対談集、「二十一世紀への対話」の発刊から、本年で40年。池田名誉会長と各識者との交流やエピソードを紹介した作品を特集しました。

  • 二十一世紀への対話 トインビー・池田対談

    世界が讃える“人類の教科書”をひもとく

    トインビー対談とは何か。20世紀を代表する歴史家トインビー博士と池田先生との対談集『二十一世紀への対話』は、現在、世界28言語で翻訳・出版され、1972年の対談開始から40年以上過ぎてなお、世界で読まれ続けている。対談が実現するまでのエピソードや多彩な識者インタビューによって、対談の現代的意義を考える。

  • 人生問答 松下幸之助と池田大作

    「経営の神様」との交流の軌跡

    パナソニックを創業した松下幸之助氏と池田先生の交友録。激務をぬっての二人の対話は30回以上に及んだ。年長の松下氏は息子ほども年が離れた池田名誉会長を慕い、逆に謙虚に学ぼうとする姿勢を崩さなかった。晩年の松下氏がたどりついた境地は「素直な心」。功を成しても初心を忘れないよう常に自戒していた。

  • 「生命の世紀」への探求 ~ポーリング・池田対談~

    世界的科学者が共鳴した名誉会長の魅力とは

    ノーベル賞を2回単独受賞した化学者ポーリング博士と池田先生の交流を描く。博士は戦後、核兵器廃絶に向けて立ち上がり、多くの迫害を受けながらその信念を貫く。人生の晩年で池田先生と出会い、対談集『「生命の世紀」への探究』を発刊(1990年)した。博士の長男であるポーリングJr博士のインタビューも収録。

  • 21世紀の人権を語る ~アタイデ・池田対談~

    「あなたを待っていた」人権の闘士が望んだ運命の出会い

    ブラジル文学アカデミー総裁を長年つとめたアタイデ博士は、ペンの力で軍事独裁政権と闘い、民主化を勝ち取った闘士。戦後まもない時期に、国連「世界人権宣言」の作成でも中心的役割を果たした。博士が94歳になるまで待ち望んだ池田先生との出会いと、対談集『21世紀の人権を語る』完成までの経緯をまとめた。

  • 人間主義の時代へ ゴルバチョフ・池田の交流

    日本の窮地をすくった民間外交の歴史

    政治指導者として東西冷戦の壁を打ち破ることに貢献した旧ソ連のゴルバチョフ元大統領と池田先生の人間交流を描く。一国の利益でなく、全人類的利益を志向した二人の交流は、1990年7月のモスクワでの初の出会いから、ロシア・日本での10回におよぶ会談、さらに対談集『20世紀の精神の教訓』へと結実する。

  • 人権の夜明けのために ~ローザ・パークスと池田大作~

    「人権の母」が選んだ「一枚の写真」とは・・・

    アラバマ州生まれの黒人女性ローザ・パークス女史は、米国の人種差別政策と闘った「人権の母」として名を残した。1955年のバス・ボイコット運動は、彼女の勇気ある行動がきっかけとなり、公民権運動へとつながっていく。青少年の育成に力を注いでいたパークス女史は93年、池田先生と出会い、実り多い対話を交わした。

  • 闘いこそ我が人生 ネルソン・マンデラと池田大作

    「人権の闘士」との魂の交流を描く!

    ネルソン・マンデラ氏は南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)反対闘争で28年に及ぶ牢獄生活を余儀なくされた。この「人権の闘士」が自由の身になって日本を訪問した際、池田先生と重ねた友好の記録。1990年と95年の2度にわたる会談のエピソードを中心に、理想実現のため逆境の中で闘い続けた精神性と二人の深い友情を浮き彫りにする。

  • エスプリ(精神)のための闘い――ルネ・ユイグ博士と池田SGI会長

    精神の復興を目指した二人の戦い

    ヨーロッパを代表する美術史家ルネ・ユイグ氏。ルーブル美術館の絵画をナチスの手から守り抜いた闘士であり、美術史研究など多彩な分野で功績を残した。池田先生との10度を超える交流で語られた「エスプリ(精神)のための戦い」。それは芸術と文化を通しての精神の復興――「人間革命」を目指した戦いでした。

  • 英知の鐘は鳴り響く~グラスゴー大学名誉学位記授与

    名誉学術称号の意義に迫る

    世界の大学・学術機関から池田先生に贈られた名誉学術称号は、350を超える。1994年6月15日、その29番目の受章となったのが、イギリスの名門・グラスゴー大学。同大学のマンロー博士、スコットランドのチャールズ・ブルース伯爵など、関係者の証言と授与式の模様から、名誉学術称号の意義に迫る。